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目次
◆棋譜情報・出典
掲載:将棋月報(1940年1月10日発行) P85~86より。
対局日:不明
先手:間宮純一 三段
後手:平畑善介 アマ四段
戦型:間宮久夢流(定跡解説記事はこちら。)
◆「真剣師 平畑善介と間宮久夢斎の一局」ハイライトシーン
本局の見どころを紹介!
【第1図は25手目▲7六銀まで】
先手は銀立ち矢倉模様だ。
後手はプロ棋士ではなく、真剣師の平畑善介氏。(当時 アマ四段)
本局が掲載されていたのは1940年 1月10日発行の将棋月報で、
のちの11年後の1951年にアマ名人を取る事になるのだが…。
この対局は賭け将棋で生計を立てていた頃の一局だと思われる。
対戦の経緯は不明だが三段時代の間宮純一氏と対局しており、
その棋譜が見つかったので公開。
当時の真剣で無類の強さを誇った平畑氏に
先手の間宮純一 三段(当時)は、どう対抗するのか?
それはもちろん…入玉戦法「久夢流」である。
のちに語り継がれるアマ名人の真剣師と
のちの奇想天外 入玉流のプロ棋士 間宮久夢斎の戦いが
いま幕を開ける。
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【第2図は57手目▲2九飛まで】
先手は▲4七玉の三段玉「久夢流」に。
第1図から35手進み、上記 第2図と進んだ局面。
やはり先手の間宮久夢斎は王様を4七へ上がり、
入玉狙いの布陣「間宮久夢流」の陣へ囲った。
何度見ても異様な陣形で、どう攻めれば良いのか
初見だと構想が浮かびづらいが
後手の平畑氏は上記 第2図から仕掛けを決行した。
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【第3図は120手目△9八歩まで】
まで指し掛け。対局終了。
第2図から63手進み、後手の平畑氏が△9八歩!と打ったのが上記 第3図。
先手は玉を8七へ持っていき、さぁここから入玉か!?
…と思われたところで対局終了。
まで指し掛け(対局一時中断)となり、
本局はここで終わりとなった。
この続きが指される事はなかったのか
以降の棋譜は書籍には記されていない。
ここから先手が入玉するのか?
それを後手が阻止できるのか?
気になる所だが、
その答えは永遠の謎なのでした…。
本局の全容はこちら!↓
◇本局を動く盤面で再生する
◇本局をkifファイルでダウンロード
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本局以外の他の棋譜が見たい方はこちら。
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◆本戦法「間宮久夢流」の定跡解説はこちら
当ブログでは入玉戦法「間宮久夢流」の基本的な定跡解説もしています。
本戦法がどういう構想でどの地点を狙って指しているのか?
下記の定跡解説を読むと、その全てが理解できるでしょう。
◆本戦法「間宮久夢流」の次の一手問題はこちら
「間宮久夢流」の定跡を次の一手問題形式で実際に指して解く事ができる記事はこちら。
◆出題◆
入玉戦法『間宮久夢流』より
(クリックで間宮久夢流の記事一覧へ移動。)
難易度:かんたん
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