『横歩取りは生きている―大橋柳雪から現代まで─』 試し読み

 

 


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将棋天国社さんから将棋天国社の本を紹介して良いという許可を頂いたので、今回は『横歩取りは生きている ─大橋柳雪から現代まで─』の中身を画像で公開します。
論より証拠、この本の魅力を知るには実際に読んでみてください!

沢田多喜男氏の熱い文章に引き込まれる事間違いなし!

 


画像をクリックすると、拡大して読めます。


横歩取りは生きている ─大橋柳雪から現代まで─ 著:沢田多喜男

 


目次
序文 八段 谷川浩司
はじめに
第一部 大橋柳雪
第二部 柳雪から現代まで
A,後手△3三角戦法
B,後手△4五角戦法
C,▲3六香をめぐる攻防
D,最近の△4五角戦法
E,若島・佐々木流
第三部 横歩取りの起源
あとがき
付表
谷川浩司横歩取り実戦譜

 

 


著者の沢田多喜男氏は神奈川県のアマチュア強豪。
「横歩取り△4五角戦法」は、大橋柳雪時代から指されていたようである。

 

 


谷川浩司八段(当事)曰く、1981年時点では「横歩取り△4五角戦法」は先手やや有利、という意見。
本書を読むことが、「横歩取り△4五角戦法」の全容の理解と共に、終盤の実力アップにつながることは疑いない。

 

 


はじめに
横歩取りは不思議な魅力を持つ戦法だ。 特に後手△4五角戦法の、序盤数十手でたちまち寄せ合いに飛び込む熾烈さは、無類である。
そのスピード感、華麗さ、難解さに私たちは心奪われる。 中原名人も、「横歩取りは最も近代的な戦法」といっている。
私はかつて横歩取り戦法は休火山のようなもの、と書いたことがある。 平素は鳴りをひそめているが、時に爆発的な流行を示すことがあるからだ。 昭和五十三年から五十五年にかけては、まさしく横歩取り戦法大爆発の時期であった。
アマチュアの研究と実戦にヒントを得た谷川浩司名人が、大正九年に花田長太郎六段(当事)が指して以来実に五十八年ぶりに後手△4五角戦法を公式戦で採用、快勝を博したことが今度のブームのきっかけだった。 解決ずみとして捨てられていた△4五角戦法が、にわかに棋界の脚光を浴び、注目を集めるようになったのである。
最近大橋柳雪の平手相懸定跡奥義を読んで、私は柳雪が横歩取り△4五角戦法を熱心に解説していることを知った。 六代宗英、柳雪、宗歩の三人が近代将棋の開拓者と言われるが、柳雪は横歩取り戦法にとりわけ深い関心を抱いていたようである。
将棋の戦法・定跡は宇宙空間に存在する無数の星のように、絶えず創造、活動、衰退を繰り返している。
大橋柳雪が江戸時代に発表した横歩取り定跡が、後世どのように活用され、ど

 

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のように変化していったか、その推移をまとめてみたのがこの本書である。
△4五角戦法は谷川名人の公式戦連採と研究によって最近急速な発展を見たが、それまで長い間この戦法を愛し続けて来たのはアマチュアたちであった。 従って△4五角戦法はアマ・プロ協力の下に開発されて来た歴史を持つ極めて珍しい例であり、その観点からも興味が深い。 私は定跡の前進に協力して来た人びとの名前を、可能な限り書き留めるように努力した。
横歩取りの将棋は、取っても取られても研究の深い方が勝つ場合が多い。 木村義徳八段は"弱い者が強い者に勝つ戦法"の一つとして相横歩取りを挙げている。 そうした実用的な面からも、あるいは将棋の本質──実利とスピードを追求する意味合いからも、横歩取り戦法は今後永く生きつづけ、愛されてゆくだろう。 ささやかな本書が、その一里塚ともなり得るならばこの上もなき幸いである。
もとより乏しい資料をまとめたものだけに多くの誤りや欠落は免れないと思われるが、読者の方々のご指摘、ご叱正により他日の完璧を期したいと願っている。
古い革袋に新しい酒を盛って、△4五角戦法を横歩取り定跡史上画期的な現代戦法に仕立て上げた谷川名人は、いつも私に対して適切な助言を与えて下さった。 谷川名人から序文をいただいたことは本書にとって最高の栄誉であり、心からの感謝を捧げる次第である。
著者識 (沢田多喜男)

 


沢田多喜男 (さわだ・たきお)
大正15年7月10日、東京大森の生まれ。
昭和11年、篭山京氏(上智大教授)の父君に駒の動かし方を教えられる。 後、府立一中の先輩北村研一氏と交遊、共に加藤治郎先生門に学ぶ。
昭和21年、北村氏創刊の同人誌「棋陣」に「銀歩三の綜合的研究」を発表。
昭和31年横浜に移り、アマ名人戦、王位戦、王座戦など県代表6回。 箱根名人戦、横浜名人戦、県王将戦、八傑戦などに優勝。近代将棋誌マアマ強豪勝ち抜き戦で四人抜き。 都名人戦10傑3回。

 


第一部 大橋柳雪 "宇宙間第一の珍書"

 

 


栄光と失意
大橋柳雪は幼名を中村喜多次郎といい、寛政7年(一七九五)江戸・小石川に生まれた。 恐らく父親が将棋隙だったのだろう。 幼くして駒の動かし方を覚えた喜多次郎は、メキメキと腕を挙げて天才少年の誉め多角、十歳の時に九世名人大橋宗英に四枚落ちで指導を受けた。 そして三年後、十三の時宗英名人に改めて飛半の指導を受け、飛香落ち負け、飛車落ち勝ちの成績を収める。 飛半の手合いというのは当事七段差だから、十三歳でプロ二段とは、中原名人や加藤一二三十段クラスの天才エリートコースと言えるだろう。

 

 

 


柳雪と宗歩 (天野宗歩)
文化十三年(一八一六)生れの天野宗歩は柳雪より二十一歳下、私の主唱する大名人二十年説は、ここでピタリ適中している。
柳雪・宗歩の初手合は天保四年(一八三三)、京都で行われた。 柳雪三十八歳、宗歩一七歳である。 無敵の大名人に教えを乞う若き天才。 それは木村名人対大山五段、あるいは大山名人対中原五段の初手合いを彷彿とさせる、歴史的意義を持った対局だった。
第一局左香落ちは宗歩の勝ち、第二局右香落ちは柳雪の勝ち、宗歩は柳雪の非凡さを高く評価し、宗歩は柳雪の強さと迫力に敬服し、師と仰ぐはこの人以外になしと痛感したに違いない。

 

 

 


柳雪から現代まで 後手△3三角打戦法 先手▲7七角の受け

 


△4五角が本来小西氏の十八番戦法なのだが谷川八段の連採で△4五角戦法が徹底的に研究され、アマチュアの知識も極めて深くなった。

 


それなら同じ古典定跡でも、余り知られていない△3三角戦法(第1図)の方が効果的ではないだろうか、と考えた小西氏はひそかに公式試合で△3三角と打つチャンスを狙っていたのである。
その機会は意外に早くやって来た。
昭和五十五年九月十四日、武道館で開催された第三十九職団戦に、小西氏も私も昭和電工グループの一員として出場していた。
このチームマネージャーは詰将棋の三木宗太氏(本名右田哲彦氏)と東大時代同級だった高松宣芳氏、メンバーは神奈川県代表五回の実績を持つ大場直行五段を筆頭に、竹内富男氏(学習院大将棋部出身)、大越彦衛氏(早大将棋部出身)、それに小西氏、私という顔ぶれである。
一回戦(A級)の相手は清水建設だった。
ここには一時期神奈川県に大場・小幡時代を築いた一方の大立物、東地区准名人の小幡春分五段がいるがこの日は不出場、ホッとすると同時にいささか拍子抜けもした。
小西氏は私の隣で指している。 後手番の小西氏は一気に第1図に誘導した。 途中、先手の清水建設・Sさんが横歩を取るかどうか注目されたが、Sさんはためらわずに横歩を取った。
「Sさんは年配の方だから必らず取ると思った」と局後に小西氏。 中年以上の人には横歩取り先手有利という信念に近いものがあるはず、というのが小西氏の読みである。
Sさんは△2八歩▲同銀△4五角を予期していたようだ。 △3三角に意外そうな顔をする。 そして少考後▲7七角と打った。 これは実戦心理として自然の成り行きだろう。 △3三角に▲8七歩と打つのは△7六飛▲7七銀

 


△2六飛と先手を取られ、気が利かないように感じるからだ。 ▲7七角に△同成▲同桂△8九角と進行した(A図)。 ここまでは柳雪「平手相懸定跡奥義」と同一である。 柳雪はどう説いているか。

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このように△3三角に一見危険に見える▲7七角でも先手有利になるが、一歩誤ればたちまち千仭の谷に墜落する恐れがある。
そこで△3三角戦法に対する安全策は、ということになるが、その回答が第1図における▲8七歩である。柳雪の「相懸定跡集」を見よう。

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後手△4五角戦法。
最近の横歩取りブームは、すべてこの後手△4五角戦法を主体としたものである。
「先手有利・解決済みの古典定跡」として、大正九年(一九二〇)の花田・村越戦以来プロ棋戦に登場することもなく、全く顧られなかった△4五角戦法が、今日突如として異常と思われるほどのブームを招来したのはなぜだろうか。
ブームの火付け役は、横歩取り研究に熱意を燃やし続けてきたアマチュアファンたちであった。 アマの研究に理あり、と見た谷川浩司八段が立てつづけにプロの公式戦にこれを採用し、連勝を博したところでブームは爆発的なものになった。

 

 

 


▲8八飛で先手よしとする見解が定説となっており、プロ棋士たちも著書や講義にそう書いていた。
例えば前記山田九段の「横歩取り盛衰記」には、「第2図以下△2六飛▲7七金で先手よし」と書いてある。(「横歩取り定跡の功罪」で訂正されている)。
柳雪は第2図で後手△6七角成の鬼手を発表しているのだ。 名刀の冴え、何というすごい寄せだろう。 この言っては柳雪定跡中の白眉でもある。
さきに書いたように山田九段は第2図先手有利と一度発表したものを、「△6七角成で後手有利」に訂正はしているが、△6七角成のルーツが柳雪だということには気づいていない。 山田九段は柳雪の定跡集を持っていなかったのだから無理はないが罫線──。
山田九段は「(△6七角成が)まさかこんなにうるさい手とは思わなかったのである。 この手は、アマチュア強豪の間では、かなり早くから知られていたらしい」と「横歩取り定跡の功罪」の中で述べているが、これから察すると多分京須倶楽部の常連だった高柳宗次郎五段(この人も横歩取りの研究かとして著名)あたりから、△6七角成の存在を聞いたのではなかったろうか。
横浜のI五段、この人はアマ名人クラスの実力者だが、余り棋書は読まないようだ。 過日私に「第2図▲8八飛打ちで先手悪いとは思えないが……」と言う。 私が△6七角成があることを言うと、「ウーン、すごい手があるもんだなァ」としきりに感心していた。
では柳雪の定跡に戻ることにしよう。

 


若島・佐々木流
▲2八同銀と取らず▲7七角(A図)と変化球を放つ若島・佐々木流は、発表以来予想外に大きな反響があって驚いている。
そして、これはまだ誰も指摘を受けていないのだが、前にもちょっと触れたように、大橋柳雪がすでにこの手について「平手相懸定跡奥義」の中で言及していたのだ。

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第三部 横歩取りの起源
冒頭にも書いた通り、横歩取り第一号局を文政七年(一八二四)の御城将棋大橋英俊対伊藤看佐の一戦とする説は正しくない。 大橋・伊藤戦以前に対局された実戦譜の中に少なくとも数局は横歩取りの棋譜が存在するからである。 私の所持する古棋譜の中にも六局ほどあるのでご紹介したい。

 


珍しい後手の横歩取り局。 だがこれがは明らかに無理筋だった。 宗桂の快勝に終わっている。
「将棋絶妙」は六代伊藤宗看撰の実戦集で、元禄三年(一六九〇)から文政五年(一八二二)までに指された好局百番が選ばれている。

 

 


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著:沢田多喜男 出版:将棋天国社 1981年2月発売。 江戸時代の天才棋士、大橋柳雪が書いた"宇宙間第一の珍書"「平手相懸定跡奥義」から始まった横歩取りの歴史。 そこから1981年に至るまで、プロアマ間の横歩取りの歴史・定跡を語った本。 「横歩取り△3三角打戦法」から「横歩取り△4五角戦法」は大橋柳雪が江戸時代から研究し、当事のプロ棋士をも上回る内容だった!? アマチュアで流行した「横歩取り△3三角打戦法」から、山田道美九段が研究した「横歩取り△4五角戦法」の当事の出来事・定跡について徹底解説! 山田九段、花田八段、谷川九段、宮坂九段、若島正氏、谷川俊昭氏、以下あらゆる将棋指しが大橋柳雪の「平手相懸定跡奥義」に挑むが・・・? 当事の横歩取りの背景を沢田多喜男氏がドラマティックな文章で語った名著。 「第一部 大橋柳雪」から「第二部 柳雪から現代まで」「第三部 横歩取りの起源」まで横歩取りの新手の歴史的背景を紐解いて行く。 今では有名な「△4五角戦法」の裏定跡「若島・佐々木流」の指し方・裏定跡を生んだアマチュア強豪の若島正氏、佐々木光夫氏の話についても詳しい。 しかしそれも大橋柳雪の掌の中だった・・・? プロアマの将棋指しが大橋柳雪に挑み、横歩取りを現代まで紡ぐ! 横歩取りをテーマに江戸から昭和将棋史を語った名著! 将棋の読み物としても面白く、読んでいくうちに横歩取りの思想と定跡が生まれた背景が勉強できるでしょう。 2019年現在発売されている横歩取りの定跡書で、定跡は勉強できますが、その定跡の一手が生まれた理由・考案者について詳しく書かれた本が『横歩取りは生きている』です。

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